歯周病治療

今や30歳以上の成人の80%がかかり、虫歯に変わって歯の喪失原因の1位になっている歯周病、原因は細菌による感染です。
以前は歯槽膿漏と言われ、多くの方は聞いたことのある病気だと思いますが、患者様の中には食事中に自然と歯が抜けてしまうまで自覚症状がない方もいらっしゃる、恐ろしい病気です。
虫歯と歯周病の原因となる細菌は種類が違います。ですから、虫歯がないから自分は大丈夫…と思っている方でも、歯周病が知らないうちに進行してしまうことがあります。虫歯と歯周病が全く別の病気であることは意外と知られていない事実です。進行を進める要因として、喫煙やストレス、免疫力も関係するとても複雑な病気なので、重症になればなるほど患者様の治療の負担は増します。早期診査・早期治療がとても大切です。

歯周病の症状

典型的な歯周病患者様の口腔内所見

(歯周病の主な症状)

  • ブラッシング時に出血する
  • 疲れたり体調を崩した時に歯肉の腫れや違和感を感じる
  • 歯肉の色が赤い(健康な歯肉色はピンク色)
  • 食事中に何となく歯がゆれ、堅い物が噛みにくい
  • 歯肉が下がり歯の長さが長くなった気がする
  • 年々前歯が出っ歯になったり歯と歯の間に隙間が出てきた
  • 歯を磨いても口臭が消えない

このような症状がひとつでもある方は歯周病の可能性がありますので注意が必要です。

診査・診断

口腔内写真・レントゲン写真・口腔内模型・プロービング・細菌培養検査(症例により)などの資料をもとに、細菌の感染がどこまで拡大しているか歯周病の進行度合いを診査します。

プロービングは中でも重要な診査です。通常健康な方でも歯の周囲に沿って歯肉の中に1~3mmの隙間があります。歯周病になるとその隙間が徐々に広がります。その隙間を診査するのがプロービング診査です。このような診査により、ただ歯肉がはれているだけなのか(歯肉炎)、それとも歯を支えている骨までも溶けてしまっているのか(歯周炎)を総合的に診断いたします。

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歯周病治療、その前に…

歯周病発症のメカニズムについて

歯周病ってどんな病気ですか?と尋ねられてもなかなか一言では説明出来ません。何故なら発症までのメカニズムが複雑かつ患者様個々にそのメカニズムが異なるからです。
口腔内の一部の細菌が主要な発症因子であることだけは間違いないようですが細菌がいるからと言って必ず発症するとは限りません。
その典型的な臨床例を見てみましょう。

この患者様は80歳代の男性で身体的な理由で毎日のブラッシングが満足に出来ない方なので当医院にて約3ヶ月に一度プロフェッショナルクリーニングに来院されています。
当然毎回大量の歯垢が残った状態ですがご覧のように歯肉を診査しても出血せず、歯の周囲の骨も正常、また著しい歯肉の発赤もありません。歯も28本全て残っております。

このように患者様の細菌に対する反応は様々です。そこでワシントン大学の病理学者である K.S.Kornman らが示した歯周病発症のメカニズムを参考に見てみましょう。

The pathogenesis of human periodontitis:an introduction
Roy C.Page&Kenneth S.Kornman Periodontology2000, Vol.14, 1997,9-11

このメカニズムを簡単に説明しますと、まず直接的な原因である歯周病原性細菌が口腔内で増殖すると体が様々な反応(免疫炎症反応)を示します。
この反応の結果歯肉が腫れたり歯と歯肉が剥がれたり歯を支えてる骨までもが溶けてしまう様々な症状が出てきます。
またこの反応に遺伝的・環境的・後天的因子が加わると発症までの過程が更に複雑となります。臨床上ではこの発症までに関わる様々な因子がその患者様にどの程度影響を与えてるのか判断出来ません。
従って治療は直接的な原因である細菌の除去が中心となります。

歯周病をより深く理解していただく為に…

このプレゼンテーションは平成26年2月、静岡市グランシップ静岡で開催された県内の8020推進運動にご協力頂いている方々を対象にした8020推進静岡県大会で発表したものです。ご不明な点疑問点等ありましたらメールにてご回答いたしますので、御遠慮なくお問い合わせ下さい。

  • 歯周病を語る上で最も重要な歯周病原細菌を含めた口腔内細菌については未だ謎だらけ・・・
  • 感染症の定義を確認しましょう。
  • アメリカの病理学者が提唱した歯周病発症までのメカニズムです。様々な因子が発症までの過程に関与する事が歯周病治療を更に難しくしているのです。
  • 歯周病って細菌が直接人体を攻撃し歯肉出血、歯肉が腫れ、骨が溶ける・・・のではなく細菌感染に対する患者様ご本人の体の反応であること→Key pointです!
  • 風邪症候群、インフルエンザ etc 普段生体内に存在しない単一の細菌、ウィルスによる感染症と異なり常時生体内に存在する数多くの細菌種同士が複雑に連携しあい発症するのが一般的な感染症と歯周病と大きく異なる点です。
  • 磨き残した歯垢って実は様々な細菌が何層にも積み重なった細菌の塊なんです。その何層にも積み重なった歯垢はブラッシングだけでは完全に取り除けません。また、抗菌剤を服用しても効果は一時的!定期的に歯科医院で行うクリーニングが必須である理由がここにあるのです。
  • 歯周病治療の基本は徹底的なプラークコントロール。それも一時的ではなく生涯を通じたコントロールです。
  • 細菌に対する体の反応の一部を見てみましょう。ご覧のように10歳代の健康な子供の方が80歳代の認知症患者様より歯肉に強い炎症反応(歯肉の腫れ充血)を示しております。
    見た目両者共大量の磨き残した歯垢を認めますがそれに対する体の反応は若いから症状は軽い?とは限りません。経年的に変化するかもしれない細菌に対する患者様の体の反応をご自身で確認することは不可能です。歯周病治療に定期健診が必須である理由がここにあるのです。
  • 20数年ぶりの歯科を受診されたこの患者様、診査の結果歯肉退縮はあるものの歯周病・虫歯共治療の必要は無い状態です。完璧なプラークコントロールによって発症が抑えられているのか?それとも病原性細菌がいないのか?・・・様々な要因は考えられますがこの患者様の今後の体の反応を予測することは不可能です。従って今無症状の方でも将来歯周病が発症しないとは限りません。定期健診は無症状の方も必須であることご理解頂きたいと思います。

もし歯周病治療を行わなかったら…

冷たい水で歯がしみる、歯の黒い部分は虫歯?・・・など虫歯治療は早い段階で来院される患者様が多いのに比べ、残念ながら歯周病は自覚症状がないまま進行した状態で来院される方が多いのが現状です。

そこでもし歯周病治療をした場合としなかった場合とでその先歯の保存にどのような影響が出るのでしょうか?実際の患者様を対象にした3つの研究からその影響を見てみましょう。

  1. Untreated periodontal disease:A longitudinal study
    J.periodontol .1979;50(5):234-244
  2. Periodontal treatment without maintenance
    J.periodontol .1984;55(9):505-509
  3. The long term evaluation of periodontal treatment and maintenance in 95 patients
    Becker W, Berg L, Beker B.E Int J periodontics restorative Dent. 1984;4(2):54-71

この研究は同じ研究者が患者様を以下の3群に分け歯周病治療のその後を比較しております。

  1. 歯周病と診断されたものの治療を行わなかった患者様
  2. 歯周病治療は行ったものの定期的な術後のメインテナンス治療は行わなかった患者様
  3. 歯周病治療、定期的なメインテナンス治療共に行った患者様

ご覧のように術後のメインテナンス治療を含めた歯周病治療を行った患者様は、歯周病治療を全く行わなかった患者様に比べ将来3倍以上歯を長持ちさせることができる結果となりました。

更にこの研究を細かく見てみると、研究の対象から外されたhopeless(予後不良と思われる)な歯の一部はこの頃(1980年前後)まださほど行われてはいなかった再生治療にて保存することが現在可能と思われます。従って先に示した3倍以上の開きは更に拡大するでしょう。

手遅れにならぬよう早期診査・診断・治療・定期的な術後のケアーをお勧めいたします。

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長期的メインテナンスから見た歯周病治療

「歯周病発症のメカニズムについて」で歯周病発症には個人差があること、「もし歯周病治療を行わなかったら…」でメインテナンスを含めた歯周病治療の重要性について述べました。
では術後メインテナンスさえ行えば全ての患者様で多くの歯が残せるのでしょうか?
歯周病治療のメインテナンスにおいてバイブル的な研究論文からその効果について見てみましょう。

A Long-term survey of tooth loss in 600 treated periodontal patients
Leonard Hirschfeld, Bermard Wasserman J.Periodontol May ,1978;49(5):225-237

36年前に研究されたこの論文は600名の歯周病患者の術後15~53年(平均22年)と長期メインテナンス中に抜歯された歯を様々な角度から調査することを目的とされております。
対象となった患者の93%は中等度~重度の歯周病に罹患、通常通りの歯周病治療を行い術後メインテナンス中に抜歯された本数を元に患者を以下の3つのグループ(簡単に言うならば患者個々の術後の反応別)に分けメインテナンスの効果とその現状を調査しております。

Well-maintained(WM)
グループ499名83.2%:
メインテナンス中に0~3本抜歯 → (術後の反応の良いグループ)
Downhill (D)
グループ76名12.6%:
メインテナンス中に4~9本抜歯 → (術後の反応がやや悪いグループ)
Extreme Downhill (ED)
グループ25名4.2%:
メインテナンス中に10~23本抜歯 → (術後の反応が悪いグループ)

この結果により、進行した歯周病患者でも継続したメインテナンスにより約83%は予後良好であるものの約17%の患者様の予後は悪い

歯周病治療したからと言って必ずしも全ての患者様の予後が良いとは限らない

では抜歯に至ってしまった歯についてもう少し詳しく見てみましょう。研究対象歯牙本数は3グループで計15666本、年2~3回のメインテナンス、必要に応じ歯肉縁下の歯石除去、歯周病再治療、咬合のチェックを行なっております。

メインテナンス中の抜歯本数は患者様の術後の反応によりに著しい差がある
メインテナンス中の抜歯は上下顎共大臼歯に集中、術後の反応の悪い患者では大臼歯以外を失う比率急増(初診時大臼歯以外に骨吸収を認める患者は要注意、かもしれません…。)

ご覧のように患者様ご本人では自覚不可能な術後の反応により歯周病治療の予後は大きく異なります。また600名の歯周病患者のうち3グループで平均約20%の方がメインテナンス中に再発または悪化により徹底した外科処置を行なっております。

以上、平均22年の長期メインテナンス結果より多くの患者様の歯周病治療の予後は良好でありその為の徹底した口腔内衛生管理が歯周病治療には必須であることは明白です。しかしその反面、細菌に対し体が敏感に反応し予後の悪い患者様も一部いることも事実です。

歯周病治療後の患者様の反応は歯科医院でのチェックのみ可能です。術後管理の無い歯周病治療はそれ即ち抜歯を意味することもあるでしょう。是非継続的な口腔衛生管理を習慣にし、ご自分の歯の保存に努めましょう。

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治療後メインテナンスの頻度について

「もし歯周病治療を行わなかったら…」で歯周病治療後のメインテナンスの重要性を述べましたがメインテナンスってどの位の頻度で行えばよいのでしょうか?一つの研究からその答えを探ってみましょう。

The effect of plaque control after scaling and root planing on the subgingival microflora in human periodontitis D.L. Lavanchy,M.Bickel and P.C.Baehni J Clin Periodontol 1987;14:295-299

この研究は平均年齢49歳の全身的に健康な歯周炎患者7名を対象としております。

全ての歯の歯垢歯石除去後test群とcontrol群の2群に分けtest群は週3回専門的クリーニングを、control群は患者自身のブラッシングのみ行いその7日、14日、28日、49日、56日、63日、70日後の歯垢付着状況の記録、歯肉縁下の細菌のサンプリングをそれぞれ行い細菌叢の変化をみて、歯肉炎の変化、歯周ポケットの深さ、歯 周炎の進行度は研究開始時と70日後に記録しました。

その結果、両群共に歯垢付着、歯肉炎、歯周ポケット、歯周炎の進行全て70日後も良好な状態を維持しておりました。しかし改善してはいるものの歯肉炎の程度は両群共研究開始時と有意差がない程度、歯周ポケットにいたっては専門的クリーニングを行ったにもかかわらずtest群の方がcontrol群より平均0.2mm深い結果となっております。

次に70日後の細菌叢の変化を球菌・spirochetes・運動性桿菌・グラム陽性、陰性菌別に見ております。ここでは歯周病発症に関与するspirochetes、運動性桿菌、グラム陰性菌に絞ってみましょう。(下表参照)

Bacterial
categories
Sites Base line Day7 Day70
Spirochetes control 48.8±11.3 0.4±1.1 21.0±9.3
test 41.1±15.7 1.5±2.5 15.2±10.1
運動性桿菌 control 9.4±3.3 0.5±0.9 10.1±5.3
test 10.0±2.9 2.1±2.2 5.4±4.6
グラム陰性菌 control 46.4±3.6 31.9±12.3 51.4±8.9
test 43.4±3.9 29.5±8.0 51.0±7.7

※サンプルに占める細菌を%で表示

ご覧のように歯垢歯石除去7日後は全ての菌が両群とも大幅に減少してはいますが70日後になると全ての菌が両群とも増加、グラム陰性菌にいたっては研究開始時より増加しております。また70日後のtest群の方がcontrol群より細菌が少ないことは専門的クリーニングの効果と思われます。

以上臨床的指標と細菌叢の変化より、歯垢歯石除去後専門的クリーニングを頻繁に行っても70日後には歯周病発症に関与する細菌は増加し歯周病の再発を伺わせる初期の歯肉炎も確認されたことより歯周病治療後のメインテナンス間隔は2ケ月以内が一つの目安になると思われます。ブラッシングの苦手な方のメンテナンス間隔は更に短くする必要があるでしょう。しかしこの研究の専門的クリーニングは歯肉縁上に限って行っております。患者様の治療後の反応に応じて歯肉縁下にもアプローチすれば結果が異なったかもしれません。

一度歯垢歯石を除去しても100%細菌を除去することは不可能です。時間と共に残った細菌は増え歯周病の再発に結び付いてしまいます。保険治療でも歯周炎患者様は治療後のメインテナンスにあたるSPT(supportive periodontal therapy)にて対応可能ですから是非定期的メインテナンスの重要性をご理解頂けたらと思います。

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歯肉からの出血について

歯磨き後の出血を経験された方は多いのではないでしょうか。当医院にもブラッシング時の出血を主訴に来院される患者様がいらっしゃいます。同じ出血でも鼻血はすぐ止まるのにブラッシング時の出血は何故何日も続くのでしょうか?
ここで歯肉のどこから出血するのか実際の口腔内で見てみましょう。

このように歯肉からの出血は歯肉の表面からではなく歯と歯肉との間から出血しています。

毎日のブラッシングで磨き残した歯垢が原因で出血する場合もありますが、この患者様のように歯ブラシが届かない歯と歯肉とのすき間に残った細菌(歯垢・歯石)が原因で出血される方も多数いらっしゃいます。
従って、歯科医院でこの細菌を除去しない限り、出血は何日も続きます。

また肉眼的所見のみで“自分の歯肉は正常だ”と判断するのは危険です。何日も続く出血は歯周病である可能性が非常に高いと思われますので診査をお勧めいたします。

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電動歯ブラシについて

  • sonicare
  • Oral-B

治療、予防に必要不可欠な毎日のブラッシング、出来れば簡単に済ませたいのが本音ではないでしょうか?そこでそんな方にお勧めしたい電動歯ブラシを御紹介しましょう。
現在国内で販売されている電動歯ブラシの2強と言われているのが sonicare と Oral-B です。当医院でも患者様の使用感、症例に応じてお勧めしております。
詳しく知りたい方はリンクページを参照ください。

リンク

ここで一般的な歯ブラシと電動歯ブラシの歯垢除去効果に違いがあるのか見てみましょう。

Comparison of sonic and a manual toothbrush for efficacy in supragingival plaque and reduction of gingivitis.
Tritten, C.B. Armitage, G.C J.Clin. Periodontol;23(7):641-648, 1996

この論文は手用歯ブラシ群と電動歯ブラシ(sonicare)群の2群に、指導に従った磨き方で朝夕2分間、12週間ブラッシングを行い、その前後の磨き残した歯垢量の平均を比較しております。

結果的に手用歯ブラシも電動歯ブラシも歯垢除去率には殆ど差がありません。しかし歯と歯の間だけは僅かですが電動歯ブラシの方が優位のようです。
毎日のブラッシングは一番身近で手軽な予防方法です。御自分に適した歯ブラシを使用されているか今一度確認してみてはいかがでしょう。

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喫煙の歯周組織に与える影響について

400を超える化学物質、200以上の有害物質を含むタバコが歯周病の環境的リスクファクターである事は既に「歯周病発症のメカニズムについて」で述べましたが、そんな中、日本歯周病学会では2011年4月、国内外の57の文献を元に”喫煙の歯周組織に対する影響”と題したポジションペーパー(学会見解論文)を発表しました。 そこでこの論文を通してその影響をQ&A式に簡潔にまとめてみました。

Q.1喫煙は歯周組織にどのような影響を与えるか?
  • 喫煙により歯肉の血流は悪化し、その結果歯肉出血が減り歯周病である自覚を遅らせる。
  • 歯周病関連細菌検査により喫煙者は前喫煙者・非喫煙者よりも重症化を招く細菌の比率の増加を認める。
  • ニコチン・コチニンは歯周組織の創傷治癒を障害、遅延させる可能性がある。
Q.2喫煙により免疫・炎症反応はどのように変化するか?
  • 感染防御に働く好中球(多形核白血球)機能を阻害する。
  • 好中球よりも高次な働きを持つリンパ球の抗体産生能力の低下が推測され免疫システムが正常に制御されていない状況が考えられる。
  • 炎症の過程で産生され病態形成に関与する炎症性サイトカイン(生理活性物質)の過剰分泌が喫煙者に認められるものの、喫煙が免疫機能の亢進、もしくは抑制のどちらに主に関与しているかについては結論は出ていない。
Q.3喫煙は歯周治療の予後に影響するか?
  • 一般的に喫煙者では歯周治療の効果が40~80%低下する。

ここで、臨床で主に行われている4種類の歯周治療を治療後7年間に渡り長期観察したKaldahlらの文献から喫煙者の治療後の経過を見てみましょう。

Levels of cigarette consumption and response to periodontal therapy
Wayne B Kaldahl J Periodontol, 67:675-681, 1996

この論文は、74名の中等度~重度歯周病患者の喫煙状況を確認した後4種類の歯周治療を行い、術後7年間の治療経過を追ったものです。尚、この研究では3ヶ月おきに術後のプロフェッショナルクリーニングを行っております。

  • この研究の結果、喫煙者は非喫煙者に比べ治療後の反応もやや悪く、その後の経過も不安定。
  • 治療成績が喫煙本数と関連してはいたものの、前喫煙の影響は認められない。
Q.4インプラント治療への影響は?
インプラント治療への影響についても同様で、インプラント治療後の合併症発生率に関しては、喫煙者で46%と非喫煙者の31%に比較して有意に高い。また、ヘビースモーカーとそれ以外の喫煙者の比較では相対的リスクがヘビースモーカーの方が約3倍高く喫煙本数にも注意が必要です。
Q.5禁煙により歯周病は改善するか?
  • 禁煙行動療法のみで8週間の禁煙を行った結果、有意に低下していた歯肉血流率が禁煙3週までに有意に上昇した。(この結果、禁煙により歯肉への血液の微小循環が早期に回復し、歯周治療にとってプラス効果であると思われます。)
  • 喫煙の蓄積効果リスク(歯の喪失リスク)が禁煙により非喫煙者レベルまで減少するのに5-10年必要であることが疫学的に示されている。

以上の結果から、喫煙は歯周治療に様々な悪影響を及ぼす危険があると言えましょう。
しかし上記のKaldahlの研究結果を喫煙者の立場から前向きに見てみますと、喫煙者でも術後管理を伴った歯周治療により一定の治療効果は期待出来ますので”自分は喫煙者だから…”などと悲観的になる事はありません。

当医院では禁煙外来を有する近隣の病院、クリニックを通じた禁煙支援にも積極的に取り組んでおりますので、禁煙を希望される方は遠慮なくお申し出下さい。

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歯周組織再生治療の現状について

歯周病治療の原則は原因である細菌の除去ですが臨床ではその細菌を除去しただけで失った骨の再生?を認める症例(左写真参照)(上写真参照)をしばしば経験します。しかし骨が再生するかどうかを症例ごとに術前予測することは困難です。
そこで1980年代以降、失った骨などの歯周組織の再生を積極的に行う歯周組織再生治療が臨床応用されております。

歯周組織再生治療は“歯根膜”と呼ばれる歯と骨を結ぶ厚さ0.15~0.38mmの繊維性結合組織に内在する幹細胞に何らかのシグナル分子を融合させる事から始まります。
ここに現在国内で歯周組織再生治療に主に使用されておりますシグナル分子、“エナメルマトリックスタンパク(EMD)”商品名“エムドゲイン”を御紹介いたします。使用方法は細菌の除去後患部に塗るだけで痛みは全くありませんのでご安心下さい。

まず始めに歯周組織再生治療を臨床応用する根拠について考えてみましょう。 エムドゲインの効果を科学的根拠として最も信頼性が高く良質なコクランシステマティックレビュー(Marco Esposito Eur J Oral Implantol 2009;2(4)247-266 )で確認してみると、

  • 術後1年のエムドゲインの効果をplaceboまたはcontrolと比較した場合僅かであるものの(臨床的に約1mmの歯周ポケットの減少)統計的に有意に改善した
    歯の喪失、患者の判断による審美性に関しては差はなかった
  • 感度分析でバイアスリスクの低い研究で評価するとその効果はやや落ち、研究全体の異質性が高い為治療効果が過大評価されていることが示唆された

以上により、Espositoはエムドゲインを臨床応用する明確な利益ははっきりしていない、と結論づけております。
コクランレビューではこのような結論でしたがその後に発表された研究も見てみましょう。

Enamel Matrix Derivative ,Alone or Associated With a Synthetic Bone Substitute, in the Treatment of 1-to2-Wall Periodontal Defects
Dario De Leonardis J Periodontol 2013;84:444-455

この研究はsplit-mouth,prospective,randomized-clinical trialと科学的根拠として良質な研究でエムドゲインの効果をエムドゲインのみ使用、エムドゲインを用いない、エムドゲインと人工骨の併用、の3種類の術式を再生治療には条件の悪い骨欠損形態へ応用し術後2年間に渡り術式間で比較検討しております。
また、従来の肉眼での手術でなくマイクロスコープ下にて手術を行なっている点も注目です。
この研究結果からレントゲン上で再生された骨の量を比較してみましょう。

術後1年 術後2年 術後1~2年の変化量
OFD 0.13±0.48 0.23±0.55 0.10±0.32
EMD 2.32±0.40 2.61±0.49 0.32±0.35
EMD+HA/β-TCP 3.17±0.69 3.35±0.80 0.18±0.37

OFD:再生治療はせず細菌感染除去のみ行なった群
EMD:エムドゲインのみ使用した群
EMD+HA/β-TCP:エムドゲインと人工骨を併用した群

術後2年間と短期的な比較ですが歯周組織再生を期待したエムドゲインの臨床応用は明確な利益をもたらす一方人工骨を併用してもその効果はほんのわずかなようです。

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矯正歯科治療による再生治療

一般的な歯周病治療における再生治療を「喫煙の歯周組織に与える影響について」に示しましたが症例の選択を誤ると期待した再生は得られません。ここでは矯正歯科治療を応用した再生治療を御紹介いたしましょう。

患者は60歳代女性、下顎右側第3大臼歯(親知らず)の歯肉の違和感、膨張感を主訴に来院

  • 術前レントゲン写真
  • 矯正歯科治療中レントゲン写真
  • 矯正歯科終了3ヶ月後レントゲン写真

出血を伴った深い歯周ポケットに骨を失っているレントゲン写真から一見歯周病では?と思いがちですが骨の無い主な原因は歯周病による感染ではなくこの歯そのものの位置の不正が原因です。
基本的に歯と歯の周囲の組織との解剖学的位置関係は一定していますので本来歯肉の上にあるべき歯冠が歯肉の下に位置づけられている事で骨が無くなっているように見えているだけなのです。歯の位置が改善したことで骨の再生が得られた事がそれを証明しています。人工骨、成長因子を使用せずとも再生可能な症例もあります。

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矯正用インプラントアンカーを用いた矯正治療

歯周病が原因で歯を失った患者様への従来の矯正治療は感染への配慮、加える矯正力の強さ、中でも固定源である大臼歯を失ってしまった場合への対応など非常にデリケートで症例によっては治療不可能な場合もあります。
そこで、従来の矯正治療とはやや異なり歯周病患者様への応用も可能な矯正用インプラントアンカーを用いた矯正治療を御紹介いたします。インプラントと言っても一般的なインプラントとは異なりそのサイズも小さく外科的侵襲も低侵襲、矯正治療後に撤去するなど一般的なインプラントと異なった特徴があります。その特徴も併せて文献を通して考察してみましょう。

当医院で使用しております矯正用インプラントアンカー( ORTHOLY INDUCE MS-II )
矯正用インプラントアンカーの安定性に影響する因子の文献的考察

友成 博 Ortho Waves -Jpn Ed 2012;71(1):1-13
169編の論文より選別した17の論文から成功率と6つの要因について集計し考察しております。

17編の論文の合計4654本の矯正用インプラントの平均成功率は86.3%

  1. 矯正用インプラントの種類

    直径の大きさと成功率との相関性ははっきりしてはいないものの直径1.2mm以上では平均75.2-97.2%と高い成功率だが直径1.2mmではインプラント本体の破損もあり得るので可能な限りより大きな直径を選択することが望ましい。
    インプラントの長さと成功率との間に有意な相関はない。
    インプラントが歯槽骨に5mm程度埋入すれば皮質骨との嵌合力を発揮出来る

  2. 植立方法

    プレドリリング法とセルフドリリング法のどちらが有意に成功するかはっきりしていないもののインプラントの脱落時期が植立後1~3ヶ月以内に多いことから適切な埋入トルクに注意が必要。埋入時の適正トルクは直径1.6mmの場合5-10Ncm程度、弱いトルク(5Ncm以下)または強いトルク(10Ncm以上)では成功率低下。
    良好な初期固定を得るための指標としてパイロットホールの直径はインプラントの直径の69-77%が望ましい。

  3. 植立部位

    成功率は下顎に比べ上顎の方が高い(平均成功率:上顎85.2%、下顎78.4%)
    歯根への近接や接触の危険性の少ない領域は上顎では第一大臼歯と第二小臼歯間で歯槽頂から6-8mmの部位、下顎では第一大臼歯と第二大臼歯間で歯槽頂から5mmの部位と報告。
    下顎舌側部は皮質骨が薄く成功率は0-23.1%と極めて低く一方口蓋部の平均成功率は91.8%と高い。(口蓋部の最適な植立部位は切歯孔より3mm後方、正中口蓋縫合部より5mm以内が適切)。 ただし成人に比べ15歳以下の成功率が低いとの報告もあるので適応年齢には注意が必要

  4. 矯正力の荷重開始時期

    植立後1ヶ月以内に矯正力を加えた場合の成功率は平均84.0%
    荷重時期を即時、早期、晩期で比較した結果各群で有意差はなく、脱落群と成功群の荷重開始時期にも有意差はなかった。
    しかし、動物実験により植立3週以降に骨との接触面積が増加するため少なくとも3週間または4週間以降に矯正力をかけることにより成功率が高くなると報告されている。
    臨床報告でも3週~12週間以上の治癒期間を設けることで成功率も平均90%以上に向上する報告もある。

  5. 患者の年齢

    患者の年齢と成功率に関して有意な相関はない報告がある一方15~20歳の若年者では20歳以上の成人に比べて成功率が平均63.8%-78.3%と低下する傾向がある報告もある。
    平均15.9歳の若年者において植立後12週間以上の治癒期間を設けてから矯正力を荷重すると成功率が上下顎の平均で63.8% → 97.2%(上顎:64.5% → 95.0%、下顎:62.5% → 100%)に増加した報告もあることから若年者に対しては植立後12週間以上経過した後に矯正力を加えることが望ましい。

  6. 患者の骨格型

    骨格型を前後的に分類した骨格性1級、骨格性2級、骨格性3級間の成功率に有意差は認められなかったとする報告と骨格性2級と3級は1級に比べて平均で47.8%-74.3%と有意に成功率が低かった報告もある。
    骨格型を垂直的に分類したハイアングル、アベレージアングル、ローアングル3群間の成功率に有意差がなかった報告とハイアングルケースで成功率が平均72.7%-77.3%と有意に低かった報告もある。
    しかしながらデーターのばらつきが大きく、患者の骨格型と成功率との関係はいまだ不明確。

このようにやや不明確な点もある矯正用インプラントアンカーを用いた矯正治療ですが臨床では多くの利益を患者様にもたらします。特に歯周病患者様にとっては有力なオプション治療として活用しております。

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治療方法

歯周病の治療方法は徹底した除菌で、2つの除菌方法に分かれます。

  1. 患者様自身が行う毎日のブラッシング(セルフケアー)
    きちんと磨いたつもりでも、歯垢の染め出し液を使うと磨き残しが見つかります。その方のブラッシングのくせ、苦手なところ、お口の状態にあった歯ブラシの選び方、正しい歯ブラシの当て方、動かし方など細かく点検し、ご指導します。ご家庭でのブラッシングは歯周病治療の基本です。
  2. 歯科医師・歯科衛生士が行うプロフェッショナルケアー
    患者様が毎日磨けないであろう部分に蓄積した細菌を除去するのがプロフェッショナルケアーです。(”予防歯科治療”参照) 当院では、手用器具での除菌とあわせて、薬液注水機能(ヨード製剤・クロロヘキシジン)のついた超音波器具を使用し、徹底した感染除去に努めております。

歯周病治療例その1(広汎型慢性歯周炎・歯周病の怖さを象徴する症例)

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    術前レントゲン写真
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    術後レントゲン写真

この患者様は歯肉の腫れ、検診を主訴に来院された60代女性です。問診より約30年ぶりの歯科受診とのことでした。口腔内所見として全顎的な歯肉の腫脹・発赤・著しい歯石沈着を認めるもののご本人は全く気にしたことはなかったようです。虫歯に関しては治療らしい治療は1本のみ。
レントゲン診査では全顎的に著しい水平的骨吸収を認め明らかな広汎型慢性歯周炎です。

では、何故ここまで放置されたのか?きっとブラッシング時の出血、歯の動揺など症状はあったのでしょうが日常生活に支障をきたす症状で無かった為でしょう。虫歯に比べ歯周病は多くの方が自覚症状がないまま病気が進行しています。幸いこの患者様は1本も歯を失うことはありませんでしたが後数年放置していたら恐らく複数本以上の歯を失ったことでしょう。
虫歯治療から歯周病治療へとシフトしている今の歯科臨床を反映している症例ではないでしょうか。

歯周病治療例その2(広汎型慢性歯周炎)

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この患者様は上顎左側の前歯の破折を主訴に来院された60歳代男性患者様です。診査の結果、広汎型慢性歯周炎と診断されましたが患者様ご自身は全く歯周病的な症状もなく約8年ぶりの歯科受診です。
残念ながら3本の天然歯は抜歯になってしまいましたがその他の歯は感染を除去した後、天然歯同士を連結したことにより部分義歯、インプラントを用いず上下共患者様ご自身の歯のみで咬合・咀嚼可能となりました。

歯周病治療例その3(広汎型重度慢性歯周炎・若年期に発症した症例)

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虫歯の痛みを主訴に来院されたこの女性患者様、31歳にして歯周病は既に重症であるにも関わらず自覚症状無し、幸い治療後の反応は良好でしたがもしこのまま放置されていたら人生に多大な影響を及ぼしたでしょう。
30歳代での歯周病発症は決して珍しくはありません。“自分はまだ若いから…”そんな理屈もどうやら歯周病には通用しないようですね。

院長が所属しております日本臨床歯周病学会発行の歯周病についてのパンフレットを参考に治療の流れを説明しパンフレットも無料進呈しております。

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